2014年7月24日木曜日

【仮想大江戸】番外編01「遠江の乱」

宵闇。
夕方から夜へと移り変わり、けれどまだ完全な闇は訪れていない時刻。逢魔が時。その薄暗がりの中に決して紛れてしまうことのない鮮やかな髪の毛を揺らし、浅葱は野菜が乗ったカゴを持って自宅へと戻っていく。
村の外れにある共用の畑で菜の花を栽培していたのが、だいぶ食べごろになったので収穫したのと、それから近くで見つけたタラの芽やワラビなんかもカゴに入れた。浅葱は今晩は美味しいものがたくさん食べられそうだという期待で、ついつい早足になりながら遠くに見えた自宅の屋根を見つめる。

時は大江戸歴2001年。西暦を使う風習はすでに無くなり、この国は古き次代の流れと西洋の文化が入り乱れて発展している。ソーラー発電もあれば畳も健在で、書院造りや木造建築も多くあるというのに地下鉄が走る。IT企業もあれば忍者や侍も居る。それらの取り合わせが少しばかり奇妙でアンバランスであり、かといって違和感があるわけではないと浅葱は幼いながらに感じていた。
この村も、どの家も木造の平屋であるのに屋根には太陽光発電用のソーラーパネルが付いているのだ。着ている服だって和服のような洋服のような…よく分からないものである。とはいえ生まれてずっとこの環境にいて10年も経過していれば、これが普通なのだろうと諦めにも似た感情を抱いていた。


(ちょっとくらい、いつもと変わったことが起きてもいいのに)






【 仮想大江戸 お伽話 遠江の乱編 】







いつもと違う何かを求めて自宅を見やれば、確かにいつもと違った。宵闇の暗さはどんどんと濃くなるはずなのに、村に近づく程、夕暮れ時に戻っていくかのように周囲は橙色の光に包まれている。


「なにこれ…燃えてる?」


農業の手段として畑を焼くことは確かにある。だが今浅葱の目に映っている炎は、畑ではなく家々から立ち上っている。黒煙をあげながら燃えている家、なのにどこも水や消火剤を撒いている様子はない。何が起きているのか全く理解できなかった。


「お母さん!お父さん!どこ!!…カヨちゃん!!」


大きく息を吸い込んで叫べば、肺の中が熱くなった。誰の返事も聞こえない不安に、浅葱は半刻前に出たこの村が今は無人なのではないかと思いはじめた。期待で早まっていた足は今度はその不安でどんどん早まり、浅葱は畑から見て村の反対側の方へある自宅へと駆けた。
燃える、燃える、燃える。左右の家々から火の粉が飛び散り、露出していた肌をかすめては熱を置いていく。
走る、走る、走る。息がきれるほどに肺の中へ熱い空気が送り込まれ、喉が痛くなっていく。

自宅の玄関がようやく見えた時、中から悲鳴ともなんとも言えない声が聞こえた。家が燃えているわけではないが、その悲鳴に慌てて野菜のカゴを放り出して玄関へ駆け入った。途端、視界が真っ赤になる。
ここが本当に自宅なのか判別もつかないくらいに真っ赤で、床も壁もとにかく赤色だった。トマトでも大量にぶち撒けたようなそれが、決してトマトでないことは浅葱にも人目で分かる。
足元には父親が倒れていた。


「お父さん?」


もはや父とも呼べないような、かろうじて顔が分かる程度の「それ」に、後頭部や胃の中が気持ち悪くなった。強烈に鼻を指す鉄のような生臭いような匂いも、それを増長させる。浅葱は恐る恐る家の中へ一歩を踏み込んだ。
一番に目に入ったのは、深い緑色をした忍び装束の人間が3人。それからもう一人、家紋のような柄が入った羽織を着ている人間が一人、母親に向かって刀を突き出していた。ヒュウヒュウという過呼吸のような呼吸音は、その羽織の人間が発しているようだった。


「樹音、どうしてお前はここに居る?」


羽織の男性が口を開いた。


「お前はどうして、私でない男と籍を入れた?なぜ子供を作った?なぜ?なぜだ?私には理解できない。私以上にお前を幸せにしてやれる人間なんてこの世に居ないだろう?」


男性は震える声で母に向かって言う。
浅葱には彼が何を言いたいのかサッパリ理解できなかったが、母親は顔を横に振った。そしてその拍子に浅葱がいることに気づいたのか、目を皿のように丸くする。あぁ、そんなふうに顔に出したらその男にバレてしまうよ、と場違いな冷静さを持った自分が居た。


「小太郎様、小娘が居ります。いかがなさいますか」


誰かの声がしたと思った時には、浅葱の足は地面から離れていた。羽織を着ていない忍者の一人に捕まったのだと理解するまで時間が必要だった。


「ほう、樹音の子か。」

「離して!!母さんに何したの!」

「何もしてはいないさ…強いていうなら、約束を守りに来たというところかな。そうだ、樹音の代わりに君が一緒に来るというのはどうだろうか。」

「私は行かない!母さんや父さんに何かする奴の言うことなんて絶対に聞かないッ」


思わず反論してから危機を感じた。相手が何者なのかさっぱり分からないというのに、ここまで反抗してしまってよかったのだろうか?
なんとなく子供の勘のようなもので察していたのは、彼ら忍び装束の人間がこの村を焼いたのだろうということと、その目的が浅葱の母親にあるのだろうということ。そしてそれは浅葱でも代用できるようだということだけだ。
この村の中で父親以外に何人が死んだのか分からない。もしかしたら全員逃げたかもしれないし、全員殺されたかもしれない。そこまで考えはまわっても、これが本当に現実に起きていることなのかどうかがさっぱり理解できない。


「あぁ…その気の強い瞳も、小生意気で可愛らしいその口も…そっくりだよ。……そうか、君を手に入れて育てれば、私の理想の女性が出来上がるんだね…!!!」


舌なめずりをする羽織の男性の背後で、母親が小さな刀を手にしたのが見えた。「純血を失うくらいなら」と言っていたような気がする。
浅葱は母親の身に起きたことも大事だったが、今眼の前に居る気持ちの悪い反吐がでそうな男に対する恐怖で頭がいっぱいだった。

混乱の中で覚えているのは、同じような忍び装束を着込んだ誰かが、羽織の男と手下の男たちをあっという間に小太刀で貫いてしまったことだけだった。



 ◇ ◇ ◇



次に浅葱が目を覚ました時には、どこか綺羅びやかな場所に居た。豪華といっても金銀のようなピカピカしたものではなく、木に繊細な彫刻がなされた柱がある純日本風の部屋だった。周囲からイグサの香りがする。勢い良く目をあけたにも関わらず眩しくないのは、時間帯のせいだろうか。
ふわふわの白い布団からは白檀のような香りがしていて、浅葱は自分の身に起きたことが一体何だったのかと思考を巡らせた。


「目が覚めたかい?」


自分より少し年上くらいの男の子の声だった。
ゆっくりと首だけ声がした方に向けると、丹精な顔立ちをした少年が正座していた。そこに居るはずなのに、居るような気配がしない不思議な子だ。地味な紺色の着流しと対称的に、結い上げた真っ白で一房だけ緑色をした髪の毛は眩しいはずなのに眩しくない。まるで夜空と満月のような少年だと浅葱は感じた。


「俺の身内が迷惑をかけてしまった。申し訳ない。」

「身内?」

「あれは…あの時、君のお母上を狙っていたのは俺の父親だ」


少し演技が買った忌々しげな顔で「血がつながっているだなんて信じたくないよ」と続けた彼は、やはり人間のような気配がしなかった。


「俺は常磐。苗字は訳あって言えない。君は?」

「浅葱。…七色の家の長女」

「浅葱か、可愛い名だ。では浅葱、君に提案があるんだが聞き入れてもらえるだろうか」


常磐と名乗った少年は、浅葱にも分かりやすいようにと噛み砕いた言葉で今後のことを話しだした。


「たくさん話すから、全て理解しなくてもいい。
 まず、君の村を襲ったのは俺の一族の一部の人間。先代当主である俺の父親とその近衛だ。これは一族の総意ではなく父の独断。とはいえ、一族の人間が出した被害者をここに匿うわけにはいかない。だから君には今から江戸に行ってもらおうと思うんだ。」

「江戸?」

「そうだ。あそこなら人間も多いし、俺の一族が暮らす里も…まぁそこそこ近い。何かあったら俺を頼ってもいい。」

「……どうして、私の村…」

「無理に喋らなくていいよ。父の個人的な因縁さ。君のお母上と昔知り合って…惚れてたみたいだね。」


反吐が出る。
ここには居ない常磐の父親だというあの羽織の男を想像して、浅葱はこみ上げる嫌悪感をどうにか飲み込んだ。


「ともかく、まだ先代派が居る場所に君は匿えない。よって江戸え送る。いいね」


疑問形ではなく言い切った彼に何か一言物申したい気はしたが、疲労感から適当な返事をして目を閉じる。瞼の裏に真っ赤に染まった自宅の玄関が浮かんでは消えた。母親がどうなったか、父親がどうなったか。常磐は何も言わなかったが、きっと浅葱が想像している通りになったのだろう。
村のみんなは?カヨちゃんは?そう思うと涙が零れそうになったが、ここで泣いても時間は戻らないし、何より常磐の父に負けたような気がする。浅葱は必死に涙を堪えて眠りにつこうと深呼吸をした。



翌日。といっても浅葱が一度寝て起きたという意味であり、実際には何日経過しているか分からない。
明け方にたたき起こさしてきた常磐と連れ立って、浅葱は着の身着のままで旅に出ることになった。常磐が連れてきた上等そうな馬に二人乗りをして、東海道を江戸まで駆けていく。どこかの商家の家の息子が散歩をしているとでも思われているのか、誰かに止められることもなく進むんで行く様子が不思議だった。

数日で江戸にたどり着くと、常磐は見知らぬ男性に浅葱を引き渡すと愛馬にのってすぐに去って行ってしまった。


「いらっしゃい、浅葱さん。今日からここが君の家だよ」


優しい顔の男性は辛子色の着物を身にまとって柔らかい笑みを浮かべた。


「僕は清白千草。ここの跡取りだ」


豪華な提灯やのれん。そして常磐の家とは全く違う色とりどりな装飾品。子供心にその綺麗さは魅力的で、つい先日自分の身におきたことを忘れたい一心で、浅葱はその建物の中へと意気揚々一歩を踏み出したのだった。








終。








2014/07/24 今昔 都子
仮想大江戸番外編「遠江の乱編」でした。
実は細かい設定が色々とある(というか出来ちゃった)作品なので、こうしてチマチマ書きたいと思います。

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